画家のノート

コラム エッセイ

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現代美術家 榎倉康二さんの思い出

2016年10月21日

十月二十日は現代美術家、榎倉康二さんの命日。去年は彼の没後二十年にあたっていたのでその時期に合わせ彼について何か書いておきたいと考えていたけれども書きかけのまま一年が流れてしまった。一九八〇年代に彼がシリーズで制作していたFIGUREというタイトルの複数の長方形で縫い合わされた綿布上に黒の合成樹脂塗料が吹き付けられている平面作品に関しては、私がまだ大学に通っていた時期に東京藝大の助教授であった生前の彼自身から直接話を聞いたことがあって、その際彼は「塗料ののった布の縫い合わせの筋が反射して白い線として光って見えることを強く意識しながら制作している」といったことを話していた。たぶん当時の彼が私に伝えたかったことは、光って見える線は絵画的な視点からとらえると平面上の作品を構成する描かれた白い線のようにも見えるけれども、実際には反射という自然現象を通じて生まれたこの物理次元の三次元世界に属している線であるといったようなことを伝えたかったのだろうと思う。彼の没後十年に合わせ二〇〇五年に開催された東京都現代美術館の回顧展のカタログに掲載されている生前の彼の文献には、彼が大学院を出る頃にはキャンバスと絵の具が何かのイメージを表現するための媒体ではなく物質そのものとして見えるようになっていったといったことが述べられている。そしてこのことが彼が伝統的な絵画制作から次第に遠のいていき、インスタレーションや立体作品といった三次元空間と直接関わることのできる表現手法に傾倒していった大きな理由でもあったようで、そのことから当時の彼がたんに奇抜さや目新しさだけを追い求めてインスタレーションや立体作品のような表現手法を使い始めたわけではなく、当時の彼自身の意識状態から自然発生的に沸き起こってきた表現手法であったのであろうことが理解できる。私自身もまた彼と同様いつの頃からかキャンバスと絵の具をこの物理次元に存在している物質として自覚し始めるようになり、彼のようにインスタレーションやオブジェといった三次元の世界と直接関わることのできる表現手法に強い関心をもつようになっていった。そして私の場合には浪人時代が長かったこともあり四浪目の最後の藝大受験の年にはすでにそういった意識が芽生えてきていて、油画科を専攻して受験したその四浪目の大学受験の際、実技の二次試験にあたる油彩画の試験で制作された私の作品は、何かのモチーフや抽象的なイメージなどをキャンバスに描いた絵画作品ではなく、その当時自分の使っていた木のパレットや絵筆、また試験場のゴミ捨て場から拾ってきた面白そうな形状のオブジェをキャンバスから飛び出すような形でレリーフ状に貼り付け、最後に全体を単色の黒絵の具で塗りつぶした作品だった。そしてその当時の私自身はこのような作品で合格者に選ばれるという確信はほとんどなかったけれども、後から考えれば何も描かれていないモノクロームの画面からオブジェが飛び出しているようなレリーフ状の作品でも合格することになったのは当時の合格者選考に関わっていた人間の中に榎倉康二さんのようなアーティストが存在していたからであったのかもしれないと感じることもある。(続く...) ※この文章はまだ書きかけです

・榎倉康二作 : Figure B-No.60, 165 x 345 cm 1986 - 東京画廊+BTAPのサイトより

公開日 2016年10月21日 金曜日