インドの留学生と1992年のチャネリング バシャール

2017年10月31日

私が大学院二年生だった一九九二年秋には同じ油画科にインドのデリーから留学生がやってきた。私は彼が日本に来る前にインドで描いた絵画作品を見せてもらいその時のことが今現在でも強烈な印象として残っているけれども、彼の画面からは日本人には描けないであろうインド独特の感性のようなものも強烈に感じとれたのだ。それはインドのヒンドゥー寺院などでよく見かける神々の肖像絵と細密描写で描かれたダリのシュールレアリズム作品を混ぜ合わせたようなスタイルの油彩画作品で、しかしながら現代アート的な視点からでは趣味っぽいとか時代遅れ的であるとかいった指摘をする批評家もいそうな作風だった。 [全文表示]

公開日 2017年10月31日 火曜日

造形における普遍性について,彫刻家 高田博厚×画家 植松誉

2017年8月19日

彫刻家の高田博厚さんの誕生日が八月十九日であることをつい先月ネット検索を通じて知ることになったのだが、どうして彼のことを検索してみたくなったのかというと、ちょうど三十年前の一九八七年に私が初めて東京藝大油画科に入学した当時の受験時代にスケッチドローイング(クロッキー)の勉強にと使っていた画集や図版集の中の一冊に東京、神保町の美術古書専門店の源喜堂で買った『エジプトとオリエントの美術』というタイトルの図版集があって、その図版集の末尾にあった彼の寄稿文に感銘を受けた当時の私が鉛筆で引いておいた傍線とチェックした日付のメモを最近になって再び見かけたのがきっかけだった。 [続きは後ほど...]

公開日 2017年8月19日 土曜日

回想録,芸大美大受験と映画監督 高橋伴明さんのこと

2017年3月20日

私にとっての大学受験といえば四年前に東京藝大の文化財保存修復、日本画研究室の博士課程を受験して不合格だったことが記憶に残っているけれども、一九八七年に東京藝大油画科に初めて合格した頃の出来事はなぜか別の人生を生きていた前世の記憶ででもあるかのような印象を持ってしまう。しかしながら当時の記憶は断片的ながらもまだ残っているのでそれらが消えてしまわないうちにここに書き留めておきたいと思う。 [全文表示]

公開日 2017年3月20日 月曜日

制作中の鉛筆画,南インド アルナーチャレーシュワラ寺院の彫像より

2017年2月28日

まもなく終了予定で現在制作中の鉛筆画。南インド、アルナーチャラ山の聖地ティルヴァンナーマライにあるヒンドゥー寺院、アルナーチャレーシュワラ寺院内の彫像を描いた作品。タイトルは『真我顕現 - アートマ・シッディ』となる予定。モチーフの写真は一九九五年秋に現地を訪れた際に撮影したもので、当時はまだデジカメはなくその頃使っていたフィルムカメラのキャノンEOSの一眼レフにポジフィルムで撮影したもの。[全文表示]

公開日 2017年2月28日 火曜日

現代美術家 榎倉康二さんの思い出

2016年10月21日

十月二十日は現代美術家、榎倉康二さんの命日。去年は彼の没後二十年にあたっていたのでその時期に合わせ彼について何か書いておきたいと考えていたけれども書きかけのまま一年が流れてしまった。一九八〇年代に彼がシリーズで制作していたFIGUREというタイトルの複数の長方形で縫い合わされた綿布上に黒の合成樹脂塗料が吹き付けられている平面作品に関しては、私がまだ大学に通っていた時期に東京藝大の助教授であった生前の彼自身から直接話を聞いたことがあって、その際彼は「塗料ののった布の縫い合わせの筋が反射して白い線として光って見えることを強く意識しながら制作している」といったことを話していた。[全文表示]

公開日 2016年10月21日 金曜日

エジプト, カイロ滞在記 - ギザのスフィンクス ゲストハウスにて

2016年1月8日

二〇一五年の大晦日、早朝に南インドのチェンナイ国際空港を飛び立ち、中東のアブダビを経由してエティハド航空EY653便で現地時間の正午過ぎにカイロ国際空港に到着した私は、入国審査の列に並んでいる際列のすぐ後ろに日本人女性一人を見かける。その後その夜からの宿泊先であったギザのピラミッド・エリアにあるスフィンクス・ゲストハウスでも日本人男性一人の個人旅行者を見かける。二人ともエジプトは初めてだそうでその彼らのどちらもが話していたのは「エジプト、ギザのピラミッドは一生に一度は訪れてみたい地、でもエジプト周辺の最近のニュースを見ていると、今のこの時期を逃したらもっとエジプトに行きづらくなってしまうのではなかという気もした。」といったものであった。[全文表示]

公開日 2016年1月8日 金曜日

何も描かれていない油彩画, フェルメールの『天文学者』

2015年9月23日

今月27日が最終日のルーブル美術館展、私自身は現在開催中の京都展の前に東京展でこの作品を観てきた。今回のルーブル美術館展の目玉ともいえる作品がフェルメールの油彩画、天文学者。私は一九九九年夏にパリのルーブル美術館を訪れた際にもこの作品を観ているのだが、その時には神秘体験とでも呼べるようなとても不思議な経験をしている。それは私がこの作品の前に立った時、描かれた画面が意識に入ってくる前にただ無限に拡がる宇宙空間のようなものが知覚されてしまったことであった。[執筆途中]

公開日 2015年9月23日 水曜日

桜島の鹿児島, 西郷隆盛像と鹿児島市立美術館

2014年12月16日

今日十二月十六日は昭和を代表する洋画家の一人、小磯良平さんの命日。私は生前の小磯良平さんには一度も会ったことがないけれども、写実的な技法を使った絵画制作に際してはまだ大学に通っていた頃の若い時期から彼の絵画技法の影響を受けてきている。写実的な技法で描かれた小磯良平さんの油彩画の多くがそれほど細かい描写もなくまた時には描きかけのような筆のタッチが残されているにも関わらず絵画作品としてきちんと成立しているのは、作品を制作しているときの彼の意識が一般の写実画家のような描写によって“画面を埋めていく”、“描いていく”という意識ではなく、晩年のセザンヌやフェルメールのように“画面を構築していく”、“組み立てていく”という意識で制作されているからだと思う。 [全文表示]

公開日 2014年12月16日 火曜日

現代アーティストの保科豊巳さんと東京, 神宮前の小池荘

2014年5月22日

ちょうど一年前の今頃、現代アーティストの保科豊巳さんに会う夢を見た。彼にはもう十年以上も会っていないので、夢の中での再会は感無量といった印象のものだった。
私は以前、二〇〇二年十一月の南インドに滞在していた時期に、同じ時期にニューヨークに滞在していた保科豊巳さんの元へ、インド関連本とインセンス、そして現地で描いたドローイングを本に挟み国際郵便で送ったことがあったのだが、夢の中での保科さんは「あの時送られてきたものはちゃんと届いているよ」と話していた。インドからの国際郵便は無事に届かなかったこともあるので、夢の中ながら無事に届いていたという彼の返事を聞いてホッとしてしまっている夢の中の自分がいたのだった。 [全文表示]

公開日 2014年5月22日 木曜日

日本画家, 平山郁夫さんの大唐西域壁画

2011年3月8日

一昨日の日曜日、上野の東京国立博物館の特別展で日本画家の平山郁夫さんの大唐西域壁画の展示を観てきた。この壁画は本来納められている奈良の薬師寺で鑑賞するのがベストだろうと考え東京国立博物館での特別展示には出かけないまま終わりそうになっていたのだが、数年前に奈良の薬師寺を訪れた際には未公開の期間だったためまだ実物を見たことがなく、ずっと気にかかっていた作品でもあったので結局最終日の三月六日に上野の森へ出かけることになった。私が生前の平山郁夫さんと最後に会った場所は私の母校でもある上野の東京藝大の大学構内だった。 [全文表示]

公開日2011年3月8日 火曜日

エジプト ギザ, クフ王の大ピラミッド王の間で一夜を過ごす

2010年10月31日

今回はエジプト、ギザのピラミッドからの書き込みでエジプト滞在中にあと一回は現地からの投稿をしておきたいと思っている。今日十月三十一日はケルトの暦では年末の大晦日にあたる日なのだそうで、この日の夜にはこの世とあの世の間にある門が開かれ、死者達の霊が現世のこの世界に戻ってくるとも言われているそうだ。私自身はハロウィンにはほとんど関心がないけれどアトランティス大陸の最後の崩壊が起きたのが同じ十月三十一日の夜からその翌朝にかけてのことだったという話を聞いて以来、毎年十月三十一日の夜を特別な想いで過ごすようになっていた。 [全文表示]

公開日 2010年10月31日 日曜日

描くことについて, 画家 大沼映夫さんの言葉より

2007年3月3日

ここ最近はエジプト関連の話題を書いてきているので、このあたりでギザの古墳墓、オシリス・シャフトに関する情報提供の際の番組制作会社のテレビ・プロデューサーとの間で起きた顛末記でも書こうと思っていたのだが、私自身は現在画家という肩書きを使っているので、今回はひと先ず本業に立ち戻り絵画関連の話題について書いてみようと思う。私は大学では油画科を専攻していたのだが、私が学生だった頃の一九八〇年代後半の日本を含めた欧米を中心とした現代アートの世界はインスタレーションと呼ばれる、ギャラリーや展示空間そのものを作品の一部として扱うような表現方法の作家たちの全盛の時代であった。川俣正氏や保科豊巳氏、宮島達男氏といった同じ油画科の先輩たちがまだ学生時代のうちからベネチア・ビエンナーレやパリ・ビエンナーレといった様々な国際展で活躍していた時期だったのである。 [全文表示]

公開日 2007年3月3日 土曜日

エジプト, カイロ滞在記 - 発掘に必要なもの

2006年9月30日

今回は考古学に関連した発掘の話題について書いてみる。でも私自身は発掘に関しては完全な素人であるから、ここでは一般人の立場からの見解になる。私は今月十日から再びエジプトのカイロに滞在していて、今回で二十九回目のエジプト訪問になる。今回のエジプト訪問の最初のきっかけはギザでの発掘の準備をすすめていたアメリカ人エンジニアのビル・ブラウン氏から現在彼が発掘許可申請を行っているギザのピラミッド・エリア内での発掘調査にメンバーとして参加してほしいとの申し出があったからだった。 [全文表示]

公開日 2006年9月30日 土曜日